2月14日。バレンタインデーらしいが、この年齢になると今日がバレンタインデーであることさえ忘れて過ごした。とは言っても、妻が「バレンタインデーのプレゼント」と、ブラシ型の毛玉とりをくれた。これで私のセーターは毛玉ゼロである。
そういえば小学6年生のときにクラスの女子生徒からバレンタインデーのチョコレートをもらった。今と違って義理チョコなんて無粋なものは無い時代である。帰宅したら手紙と一緒にチョコレートがポストに入っていた。もっとも喜んだのは亡き母である。手紙を読ませろ、チョコを食わせろとうるさかった。
翌日、どうしたものかと思いつついつもどおりに登校したのだが、その女の子を何人かの女子が取り囲んでいるではないか。私はどきどきしながらいつもどおりに席につき、いつもどおりに本を読み始めた、と思う。授業が始まって、私にチョコレートを渡した彼女が泣いているのを知った。先生が心配していた。私?そりゃどきどきしていたよ。どきどきしながら、授業中も小説を読んでいた。小6では確か芥川龍之介にはまっていた。
モテるキャラではないのだから、そういう系の話とは無縁だと思っていたのに、突然降って湧いた色恋沙汰に最も慌てたのが私自身で、もっとも浮足立っていたのが母であった。そうこうするうち、その女子の友人であるYさんに、彼女の気持ちを踏みにじるつもりかと詰め寄られたが、なんと答えたかは覚えていない。なじられたのだけは覚えているけれど。
中学に入ってからも、木村君は小学校であの子をフッたらしいと噂されたが、なにしろ破滅系の人間である。相変わらず興味の湧かない授業中は小説を読んでいた。騒ぎ立てる生徒は先生にげんこつをくらっていたが、静かに本を読む私は殴られたことなど一度もない。そもそもあんな本ばかり読んでいる奴にチョコレートを渡すほうがおかしいのだという空気が醸成されていった。その女子がどうなったのかは知らない。中学では同じクラスになったことがなかった。
それが11歳のとき。つまり、もっともモテたのが小6で、それ以後は右肩下がり。モテ期などただの一度も到来せず、今にいたっている。早熟になった子どもたち。エロ動画を誰でも見ることができる現代社会。今もどきどきしながらこっそりとチョコレートを渡す女の子はどこかにいるのかな。渡された男のほうが慌てふためくことは書いておきたい。
木村達哉
追記
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