講演の質疑応答で意外なほど多いのが「どうして『ユメタン』を作ったのですか」というもの。「マーケットになかったからです」と答えると、生徒たちは一様に意外な顔をする。書店には多くの単語集がずらりと並べられているから、「マーケットになかった」という返事が返ってくるとは思わないのだろう。
英語が苦手だった。34歳のときだ。それまでは西大和学園で京大の文章を読んで解説したり、英作文の解答を何種類も書き分けたりすることはできた。某社の模試作成などではリーダー役をしていたので、英語が苦手というわけではないと思われるかもしれない。
が、どうしてもリスニングとスピーキングができなかった。それが34歳。灘校で春から勤務し、生徒たちに教える程度の英語力であれば、まったく問題はなかった。灘校生と言っても大したことはないなと思い始めていた。読むのと書くのは、である。
ところが昭和の英語学習にどっぷり浸り込んできた自分には、リスニングとスピーキングはどうしても超えられない壁だった。自分でも信じられないぐらい悩んでいた。6000万円の借金を負っていた当時だが、その借金のことよりリスニング力とスピーキング力の欠如のほうが深刻だった。
プロに教わるしかないなと、アマチュア英語ラーナーの自分は然るべき場所、つまり通訳養成機関に顔を出すことになる。そこで驚いたのが語彙学習であった。学校のそれとはまったく違う語彙学習と語彙への意識づけの高さ。正直、度肝を抜かれた。
その語彙学習であれば、読み書きだけでなく、聞く話すの英語力も涵養できると確信し、自分自身がひたすら繰り返すことになった。それがなければ私は今でもリスニングのできない、ろくに英語が話せない、英語教員であっただろう。
こちらで当時の自分について語ったが、『ユメタン』を作った理由は当時の語彙学習を灘校でも導入すればいいのではないかと考えたからだ。従来型の語彙学習とは違ってタフだったと思うけれども、生徒たちは付いてきてくれたし、海外に進出しようと考える生徒たちが増えたのは間違いない。
今では北海道から沖縄まで、さらには海外の日本人学校まで、多くの学校で使ってくださっている『ユメタン』や『ユメジュク』ではあるが、動画で話したとおりに瞬間英作文=クイックレスポンスができるまで反復して学習し、受験レベルを大きく凌駕した英語力を身につけてもらえればと願っている。
木村達哉拝
追記
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