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あ・うん

出版社 文春文庫
発売日 2003年8月1日
著者 向田邦子

神社に行くと狛犬がありますが、あの狛犬の名前を知っていますか。片方を「あ(阿)」、もう片方を「うん(吽)」と呼びます。「あ・うんの呼吸」ということわざがありますが、両者の呼吸が、対になっている狛犬の如く合っている様を指します。この小説の舞台は昭和初期、水田と門倉という2人の男とそれぞれの妻、水田の娘、そして門倉の愛人が繰り広げる人間模様が非常に面白いストーリーです。

映画では水田を板東英二さんが、門倉を高倉健さんが演じましたので、イメージとしてはだいたいその「あ」と「うん」の人物像が想像できるのではないでしょうか。著者の向田邦子さんは台湾の飛行機事故で若くしてお亡くなりになったのですが、極めて才能のある作家をこういう形で失ったのは日本の文壇にとっては非常に残念なことでした。

最近、ちょっとした言葉で他人を傷つけては、自分勝手に喜んでいる人が増えているように思います。人間は当たり前のことながら、人によって性格や価値観が大きく異なりますが、その当たり前のことを理解せずに、「この程度のことなら相手は傷つかないだろう」とか「こいつには少々厳しいことを言っても大丈夫だろう」などと勝手に判断して毒を吐き、結果的に思いのほかその人を傷つけるということがあります。

かく言う私も冗談のつもりで投げた言葉が口舌の刃となって相手を切ることがありますから、相手との「呼吸」というのは難しいものです。相手に呼吸を合わせるということが、大人になる第一歩なのかもしれません。この小説でも、途中で会社経営者の門倉がサラリーマンの水田を傷つけ、水田が絶交を言い渡すシーンがあります。最初に読んだときにはどうして門倉がそのようなことをしたのか理解できなかったのですが、何回か読んでいるうちに、そして私自身が多くの人たちと友好関係を築いているうちに、だんだん理解できるようになってきました。特にそのシーンを通じて、向田さんがこの本のタイトルを『あ・うん』にした理由を考えてもらえればいいなと思っています。そして、自分はこの人と「あ・うん」の関係になっているという友人を、人生のうちに1人でいいから見つける、そのきっかけとなる一冊にしてもらえればいいなと願っています。