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女の人差し指

出版社 文春文庫
著者 向田邦子

のび太の机ってほしくないですか。時間を自由に旅することができるのです。ドラえもんもほしいけど、それ以上にあの机を手に入れたい。過去に戻って、自分に言いたい。そういうことを言うとえらい目に遭うよ!と。その点で言えば、政治家っていいですね。失言しても「取り消しまーす」や「失言とは言えない」などのの呪文を使えば言わなかったことにできるのですから。

若い頃から言語を扱って生きてきました。特に日本語の表現を大切にしながら、英語を日本語に、あるいは日本語を英語に、翻訳してきました。ある程度の年齢になった人たちでさえも、使う言葉が軽くなってしまった21世紀を、とても便利でいい時代なんだろうけれども、言葉に関して言えば薄い時代かもしれないなと思っています。一年の始まりを「あけおめ、ことよろ」で済ます民族になってしまった私たち。言葉を与えられた唯一の生き物として、伝わればなんだっていいでしょというような言葉の使い方はしないようにしませんか。

向田邦子さんは『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』など、昭和の人気ホームドラマを手掛けられ、倉本聰・山田太一と並んで「シナリオライター御三家」と呼ばれた人気脚本家です。1980年からいよいよ作家として本腰を入れて活動をされ始めたのに、翌1981年、台湾を取材中に飛行機墜落事故でお亡くなりになったのは国家的損失だと思います。本書のようなエッセイにしても『あ・うん』のような小説にしても、日本語の美しさを、私たちが大切にすべき言葉の魂を、改めて思い出させてくれます。向田さん一流の軽妙な語り口の文章なのにもかかわらず、私は本書を読みながら、幾度となく空を見上げて言葉の美しさに心を奪われ、電車の中で、飛行機の中で、涙を流すことになりました。のび太の机をほしがらずに済むときが来ればいいなと思い、私も彼女の作品からたくさんの表現を学ばせていただいています。多くの方々に読んでいただきたい名作です。